【1968年5月9日】怪鳥「ニッサンR381」が日本GP初優勝!|Today's memoriesあの日の記憶
文=津島 孝

日本GPを制した“怪鳥”ニッサンR381とは? 可変ウイングとV8で圧勝した国産マシン

可変式リアウイングと5.5L V8の伝説。R382、R383へ続く日産ワークス黄金期の起点

1968年の第5回日本グランプリでニッサンR381が優勝し、日産は前年の雪辱を果たした。可変式リアウイングや大排気量V8を備えたR381は“怪鳥”と呼ばれ、その革新性は後のR382やR383へ受け継がれていく。

【1968年5月9日のニュースリリース発表】
ニッサンR381が5月3日の日本GPで優勝!

1968年5月9日に発表された日産のニュースリリースによると、同年5月3日に富士スピードウェイで行われた「第5回 日本グランプリ・レース」の決勝で、日産チームはグランプリ・レースとグランド・ツーリングカー・レースの両部門を制した。とくに注目を集めたのが、グランプリ・レースで優勝した「ニッサンR381」である。

R381は1968年の日本グランプリに向けて開発されたレーシングカーで、前年の雪辱を果たすべく大排気量・高出力を追求したモデルだった。

最大の特徴は、左右が独立して角度を変える可変式リアウイング「エアロスタビライザー」で、コーナリングでは内側のダウンフォースを増し、ブレーキング時には左右両方が立ち上がるという独創的な仕組みを装備。この羽ばたくような動きから、R381は「怪鳥」と呼ばれた。

エンジンはシボレー製5.5L V8を採用。日産が徹底的に手を入れ、450PS超を発揮する競争力の高いユニットへ仕上げたという。車体は鋼管スペースフレームにアルミハニカムを組み合わせた軽量構造で、重量はわずか835kgと極めて軽かった。

決勝にはR381が3台、後方支援としてR380が3台出走し、見事に総合優勝。この勝利は、日産が大排気量レーシングカーの開発で世界水準に到達したことを示す象徴的な出来事であり、後のR382やR383へ続く“日産ワークス黄金期”の礎となった。

1968年の日本グランプリで優勝したニッサンR381

コーナリングでは強力なダウンフォースを生み出す可変式リアウイング「エアロスタビライザー」が印象的なニッサンR381。その独特な形状から「怪鳥」と呼ばれた。写真は1968年日本グランプリ優勝車

【1968年製 ニッサンR381】
●全長×全幅×全高:3995×1840×845mm(ウイング位置1265mm) ●ホイールベース:2470mm ●車両重量:835kg ●搭載エンジン:5461cc シボレーV8型OHV米国ムーンチューン

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