日本の四輪レースはここから始まった! 20万人を熱狂させた1963年「日本グランプリ」
高度経済成長期、日本を変えた“伝説の初開催”と日本のモータースポーツ文化の目覚め1963年、日本初の本格四輪レース「日本グランプリ」が鈴鹿サーキットで開催され、20万人以上が熱狂した。高度経済成長の勢いを背景にメーカーの技術競争が始まり、日本のモータースポーツ文化がここから動き出す。歴史的な戦いの舞台裏と社会的意義に迫る!
【1963年5月3日】
鈴鹿サーキットで第1回「日本グランプリ」開催!
1963年5月3・4日に決勝が行われた第1回「日本グランプリ自動車レース大会」(日本グランプリ)は、戦後日本における四輪レース文化の幕開けとなる歴史的イベントだった。舞台となったのは鈴鹿サーキット。前年に完成したばかりの国際レーシングコースを使い、国内で初めて“本格的な四輪レース”が行われた点で大きな意味を持つ。
高度経済成長の勢いが増し、自動車産業が急速に拡大していた時代背景の中で、レースは新しい娯楽として社会の注目を集めた。観客は20万人以上に達し、自動車レースの認知度が低かった当時としては異例の盛り上がりとなった。
競技は排気量や車種ごとにクラスを設定。海外招待選手による国際スポーツカークラスも設けられて国際色を強めた。一方で、運営面では混乱が続き、車検の不徹底や規定違反車両の見逃しなど、初開催ならではの問題が噴出したという。
また、どの国産メーカーも本格的な自動車レースへの参戦は初めてであり、マシンのトラブルも続出。海外メーカーとのレベル差を強く感じた国産メーカーの技術者たちは、このレースを境に性能向上を目指すことになった。
第1回の日本グランプリの開催を機にモータースポーツへの関心が急速に拡大。翌1964(昭和39)年にはJAFが主催となり、第2回日本グランプリが鈴鹿サーキットで開催された
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