モータースポーツ界が取り組むカーボンニュートラル化とは?
燃料、ボディ、タイヤ、排気がカギになる!?エンジンの轟音(ごうおん)、オイルやタイヤのにおい、そして地面を揺らす大歓声。これらはモータースポーツの醍醐味(だいごみ)である一方、環境負荷の軽減も避けては通れない使命の一つだ。この2つを両立させるべく、日本最高峰レース・スーパーフォーミュラの現場では、企業や業界の枠を超えた“オールジャパン体制”で開発テストが進められている。モータースポーツジャーナリストの小倉茂徳さんに、実際に行われているテストについて解説してもらった。
オールジャパンで難題に挑む!
全日本選手権として日本最高峰の自動車レースであるスーパーフォーミュラは、その前身である1973年のF2000選手権開幕から、2022年で50年を迎えた。この節目の年に、半世紀にわたって培ってきた「速さへのあこがれ」「競うことの楽しさ」「勝つことの喜び」という魅力をより追求するとともに、「SUPER FORMULA NEXT50(スーパーフォーミュラ・ネクスト・ゴー)」(以下、SF NEXT50)として、新たな時代や社会に対する取り組みも始めている。
このSF NEXT50の活動では、スーパーフォーミュラを「モビリティとエンターテインメントの技術開発の実験場」とし、主にカーボンニュートラル化に向けた燃料、素材、タイヤのカーボンニュートラル(CN)開発テストを行っている。
そもそもスーパーフォーミュラは、車体とタイヤは全車共通。エンジンがトヨタとホンダの2社供給だが、高効率直列4気筒ターボエンジンの性能は両社ともほぼ近いところにある。おかげで、新たなアイテムを開発テストする環境としては、より正確なデータと比較結果が得やすく、うってつけでもある。
しかも、テストの際には主催団体のJRP(日本レースプロモーション)、トヨタ、ホンダ、タイヤを供給する横浜ゴムなどが会議を行い、それぞれの知見などを持ち寄ることでより良い理解と開発促進を実現している。レースではライバルのトヨタとホンダだが、SF NEXT50の共通の新たな高みを目指して、ともに手を取り合っている。企業間の垣根を越えたこのオールジャパンのような体制は、画期的なことである。
テスト後ミーティングの様子。日本を代表する企業が車座になって情報交換を行う。
実際のテストは、トヨタのテスト用車両「赤寅(レッドタイガーSF19CN)」とホンダのテスト用車両「白寅(ホワイトタイガーSF19CN)」の2台を使い、トヨタ車には2015年と17年の全日本スーパーフォーミュラチャンピオンの石浦宏明選手、ホンダ車には2012年フォーミュラ・ニッポン(スーパーフォーミュラの前身)のチームチャンピオン塚越広大選手という経験豊富なドライバーたちが乗る。
テストは、スーパーフォーミュラのレース開催の前か後に2日間ずつその開催サーキットで実施される。全7回を予定していたテストはすでに5回が終了。天候にも恵まれたことでテストプログラムは予定以上に順調に進み、8月のもてぎ戦の際の第6回テストはキャンセルできるほどになっている。
テストマシンを務める赤寅(手前)と白寅(奥)。
SF NEXT50では、観戦するエンターテインメント性だけでなく、ドライバーの実力が最大限に引き出せるレース展開を増やすための策もいろいろ計画されている。たとえばウイングなど車両の空力装置を試すことで、接近戦と追い抜きをこれまで以上に増やすためのテストだ。レースの魅力と環境負荷を両立させる道は、始まったばかりだ。
モータースポーツを「もっと」「ずっと」楽しむための新技術
ここからは、モータースポーツがこれからも人々を熱狂させる存在であるために、SF NEXT50で実際に行われている開発テストの中身を紹介していこう。試験的なものから実戦投入が近いものまでさまざまだが、モータースポーツの未来を感じられるはずだ。
「もっと」「ずっと」を実現する新技術①
CO2排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル燃料
内燃機関に欠かせない燃料も開発テスト中。
レース用エンジンは燃料の燃焼エネルギーを動力に変えるという点で、きわめて効率が良い。そして、スーパーフォーミュラやスーパーGTのGT500クラス用の4気筒ターボエンジンはまさにこの効率の良さを高度なレベルで実現している。
そこにスーパーフォーミュラは、CN開発テストにおける主目的の一つとして、カーボンニュートラル(CN)燃料のテストも実施。効率が良く環境負荷が少ないエンジンとともに、燃焼はしても環境負荷が増えない燃料を実用化することで、レースだけでなく市販車でもさらなる環境負荷の少ないモビリティの技術実現を目指している。CN開発テストではさまざまな燃料がテストされ、それぞれのデータと知見を分析することで、より良い燃料とその燃焼方法を研究している。
こうしたカーボンニュートラル燃料への動きは世界的な趨勢(すうせい)で、インディカーは2005年からバイオエタノール燃料を使用し始め、翌年から全車標準となっている。そして、2023年からはサトウキビの搾りかすから作ったバイオエタノールを主原料とした100%再生可能燃料に転換する。WEC(世界耐久選手権)は2022年から100%再生可能な燃料を全車で導入している。これは主にワインの搾りかすを利用したもの。スーパーGTも2023年からカーボンニュートラル燃料を全車で導入しようとしている。
「もっと」「ずっと」を実現する新技術②
カーボンの代わりに「麻」を混ぜ込んだボディ
マシン後方の茶色く見える部分(ボディカウル)に麻が混ぜ込まれている。
軽くすることで速く、しかも丈夫に。レーシングカーの車体は常にこの命題に取り組んできた。40年ほど前からカーボンファイバーが導入され、その軽さと丈夫さで広く用いられているが、カーボンファイバーの主な原材料は石油系の素材だ。
カーボンニュートラルを推進するスーパーフォーミュラのCN開発テストでは、ボディカウル(カバーとなる部分)にも着目。カーボンファイバーの代わりにスイスのBコンプ社が製造している麻を主原料とした繊維を利用している。自然由来の素材としたことで、カーボンフットプリント(製造時から廃棄リサイクルまでの二酸化炭素排出量)はカーボンファイバーよりも75%も少なくできるという。
実際のテストでは、雨などへの耐候性や高温のターボエンジンによる熱への耐久性も試されたが、問題なく進行した。重さも詳細な比較は不明だったが、ほぼカーボン製と大差ない様子だった。
Bコンプ社製のこの素材はすでに一部の高性能車などで実用化されており、さらなる実用化が進めば、より軽量で効率が良く、カーボンフットプリントの少ない市販車の車体実現にもつながってくるはずだ。
「もっと」「ずっと」を実現する新技術③
再生可能素材を混ぜ込んだタイヤ
来年からの実践投入が決まったニュータイヤ。写真は溝の入った雨天用。
スーパーフォーミュラのタイヤは横浜ゴムが供給している「ADVANレーシングタイヤ」だが、CN開発テストではタイヤのサイドに緑のラインが入れられた新しいものもテストされている。これは、自然由来の配合剤やリサイクル材などの再生可能原料を活用したレーシングタイヤとなっている。
実際の走行テストでは、予選を想定した速い走行でも、決勝を想定した長めの周回でも、従来のレーシングタイヤとほぼ遜色(そんしょく)ない性能を示していた。また、雨用のタイヤについても7月19日の富士スピードウェイで行われたテストが雨となり、良いコンディションでテストができた。晴天用・雨天用とも新タイヤは高い完成度にあり、2023年からスーパーフォーミュラで実用化される予定だ。
海外でもタイヤでの環境負荷軽減の取り組みが始まっていて、インディカーではアメリカ大陸の乾燥地帯で生育するワイユーリ(またはグワイユーリ)の木からとれるゴムに代わる素材を配合したものを、第14戦から実戦導入した。タイヤもまた、レースでより環境負荷の少ない技術が実現されつつある。
「もっと」「ずっと」を実現する新技術④
直4なのにV8の興奮が味わえる次世代エンジン
トヨタ、ホンダともに複数パターンの排気管を持ち込んでテストを行っている(写真はトヨタ)。
テスト用の排気管を装着したマシン(写真はホンダ)。
上でも書いたが、高効率な燃焼で、より少ない燃料でより多くのパワーを絞りだすレース用エンジンは、環境負荷の軽減に貢献する。実際にF1、F2、インディカー、スーパーフォーミュラ、スーパーGT(GT500クラス)など多くのレースで、高効率なターボエンジンが利用されている。だが、ターボエンジンは排気ガスのエネルギーを過給用に使ってしまうため、排気音が小さくなりやすい。これではレースでの「音」という魅力がやや薄れてしまう。
スーパーフォーミュラは、一連のCN開発テストのなかで、新たな排気システムのテストも行っている。4気筒エンジンからのターボを通過した排気に、過給圧の上昇を抑えるためのウェイストゲートバルブから逃がした排気を上手く混ぜることで、あたかもV型8気筒エンジンのような良い音を再現するというものだ。
これはトヨタが発案し、トヨタとホンダがともに研究を開始。互いに競い合い、成果を共有することで、さらなる進歩が期待できそうなところ。市販ハイブリッド車に勝るとも劣らない効率の良さを誇るスーパーフォーミュラの4気筒ターボエンジンは、環境負荷の少なさに加えて、音の良さによるエンターテインメント性の両立という、世界でもまだ考えられていないことをいちはやく実現しようとしている。
オールジャパンのその先へ
魅力と課題を共有する「出前授業」
スーパーフォーミュラではテスト走行とは別に、レース開催地の近くの高校にて、テクニカル・アドバイザーとしてSF NEXT50の開発をリードする技術者の永井洋治氏による「出前授業」も行っている。高校生向けに「カーボンニュートラルとモータースポーツを考える」という授業を行い、二酸化炭素排出とその削減への筋道や、カーボンニュートラル実現に向けてモータースポーツが担っている役割を説明するというものだ。
この出前授業は、生徒たちが将来モータースポーツや自動車の世界により興味を持ったり、キャリアとして選んでくれることはもちろん、他の分野に進んでも環境と技術とモビリティの知識を生かしてくれること、ひいては将来の日本の社会、環境の改善に貢献してくれることを目指している。
そのレースのレベルの高さから全日本選手権のスーパーフォーミュラは、欧米をはじめ世界の注目を集めている。そして今SF NEXT50によって、私たちのクルマと暮らしに密着した未来のモビリティと、技術向上に向けた取り組みを加速させ、日本から新たな発信をしようとしている。
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