街にとどろけ「WOW!」の声。愛知県・岡崎に生まれた謎の小穴とバナナの正体
ナビが知らない、道ばたの人生哲学。#4 NEWSTAND WOW愛知県・岡崎市のランドマークである岡崎城からクルマで5分、ふと止まった十字路に巨大なバナナを飾る建物を発見。変わったオブジェに目を奪われていると、そのすぐ横には紐で吊るされたバナナと怪しい小穴が。次々と若者が吸い込まれていくその場所の正体とは……。本企画では、ロードサイドでたびたび出くわす「ちょっとヘンテコな風景」を切り口に、その先に広がる人や土地の面白さをお届けします。
趣ある街並み、笑い声が響く公園、大きなバナナ…
岡崎市は、愛知県中央部に位置する中核都市。江戸幕府初代将軍・徳川家康の生誕地であり、最近では、NHK大河ドラマ『どうする家康』のロケ地としても注目を集めました。城下町として発展したこのエリアは、岡崎城を中心に情趣に富んだ景色が広がっていて、どこか歴史とモダンが調和した空気を感じます。
街の中心を流れる乙川と木造りの新名所・桜城橋(さくらのしろばし)。
そんな岡崎城を横目に車で北上すること5分、穏やかな街並みのなかに突如不思議な光景が姿を見せます。
巨大なバナナのオブジェ、怪しげな小穴、おもむろに吊り下げられたバナナ……。なんとも気になるこの場所、実は「NEWSTAND WOW
」という名前のバナナジュース屋なんです。
爽やかな笑顔で迎えてくれたのがこのお店のオーナー、長尾 晃久(ながお あきひさ)さん。今やフルーツジュース専門店は巷でよく見かけるようになりましたが、それでもこのお店目当てに全国各地からお客さんが訪れているんだそう。
今年で4年目を迎えるというNEWSTAND WOWは、なぜこのような不思議な外観をしているのでしょうか。話を伺っていくうちに、偶然の連鎖によって生まれた奇跡のお店だということが明らかになりました。
トラブルの連鎖が生んだ、奇跡のバナナジュース屋さん
——
普段からこのあたりでお仕事をされているんですか?
実は岡崎にはほとんどいないんですよね。僕はピザ窯職人が本業なので、そっちの仕事で全国各地をあちこち行ったり来たりしてて。最近だと、こんな窯を作ってます。
——うわ、かっこいい! 「ピザ窯職人」って聞き慣れない職業ですけど、どういった経緯でその道に進んだんですか?
20代前半までは鉄鋼関係の仕事をしながら、DJやファイアーダンサーとして活動していました。当時からオーガニックな生き方に憧れていて、自販機は使わないし、市販の肉も食べないって決めていたくらい。 でも肉自体は食べたいから、猟師に習って、近くの山でイノシシやシカを狩ったりしてて。
その頃に出会ったひときわ面白いおじさんがピザ窯を作っていたんです。工房、周りの別荘、石窯、オルゴールや家具なんかも自分で手作りしていて、週に何回かは天然酵母でパンを焼いたり。自由な人でしたね。
——
へぇ! 山の中にそんな場所が!
その人の家に遊びに行くうちに石窯作りを手伝うようになって、だんだんと自分でも作れるようになりました。それからは10年以上石窯にどっぷりです。
——
そんな長尾さんが、どうして「バナナジュース専門店」を開くことに?
話すと長くなるんですが、最初の構想段階ではピザ屋をやるつもりだったんですよ。知人に「気になる物件があるから何か一緒にやろうよ」って誘われたのがきっかけで。でも改装を進めるなかで「この建物は火が使えない」ってことが発覚したんです。
でも当時は金銭的にも多少余裕があったから、クヨクヨしてても仕方ないかと納得することにして。それで、ピザの代わりとなるものを探していたときに、フレッシュジュースの専門店を思いついたんです。
——
なぜフレッシュジュースにしたのでしょうか?
実は自分自身、昔から健康のために、フレッシュジュース作りに凝ってて。ジュースだったら比較的管理しやすいから、僕がお店に来れなくても成立すると思ったんです。それで店舗スタッフとして二人の女の子を雇うことにしました。この子たちの存在がWOW
の方向性を決めたと言っても過言ではないですね。
——
どんな方なんですか?
一人は近所に住んでいた感性抜群のデザイナーで、クリエイティビティのかたまりみたいな子。もう一人は沖縄で知り合った子で、本当にホスピタリティにあふれてて。もうとにかく接客がパーフェクトなんですよ。
それで近くの空き家にオフィスを構えて高額な機械も買ったりして。二人にはオープンに向けて、ジュースのレシピ考案や仕入れ先のリサーチをお願いしました。それが2020年の4月ですね。
——
あれ? でも最初は「フレッシュジュース専門店」のはずでしたよね。機材にそれだけの投資もして、なぜバナナジュース一本でいくことにしたんですか?
実はこれも不本意というか……。7月のオープンが決まったとき、商品として出来上がっていたのがバナナジュースだけだったんです。正直「3か月間なにしてたの?」とは思いましたけど、彼女たちの準備期間が充実してるように見えたし、僕も最高に楽しかったので「まぁ、なんとかなるか!」となって。
——
なるほど。それで結果的にバナナジュース専門店になったと。
加えて、当時はコロナ禍の影響もあって、お店をオープンするならテイクアウトが必要不可欠でした。最初は受け渡し口を窓のように設計していたんだけど、工事が遅れた関係でその窓枠が間に合わなくて。どうしようもないから、思い切ってふさいで小穴だけ開けることにしたんです。工事の代金もかかりませんしね!
打ちっぱなしのコンクリにぽっかり空いた小穴。
——
そうだったんですね! てっきりイタリア
の
「ワインの窓」をオマージュしてるのかと思っていました。
それお客さんにも言われるんですが、完全にたまたまで。バナナジュース専門店になったのも、この店構えになったのも、結果そうせざるを得なかっただけで、本当に偶然なんです。
待望のオープン。人気絶頂のなか訪れた一時閉店
オープンしたての頃のWOW。
——
ちなみに、あの店先に吊り下げられたバナナはどのような経緯で誕生したんですか?
コンクリートに穴が開いてるだけだと、なんのお店かわからないじゃないですか。最初は布でもぶら下げようと思ったんですが、デザイナーの子に反対されて。「じゃあ、バナナでも吊り下げとくか」となって、今に至ります。
——
すべてにおいて偶然と勢いで生まれたお店なんですね。
そうなんです。いろいろとトラブルはありましたけど、ポジティブに捉えようというエネルギーがとにかくすごかった。僕は面白いことが好きだから「楽しいならばそれでいいや!」みたいなね。
——
でもコロナ禍のオープンとなると、最初は大変だったんじゃないですか?
それがそうでもなくて。2020年の7月7日にオープンしたんですが、初日でいきなり用意していた100杯近くを売り切りました。
——100
杯!
オープン早々にしては好調な滑り出しですね。
実は準備期間として設けた3か月の間に、女の子たちがすっかり岡崎の街に入り込んで、なんならリードしていたんです。沖縄の子は岡崎に移住してから毎朝、このお店の隣にある籠田(かごだ)公園でラジオ体操を開催して、何十人と集める日もあったり、デザイナーの子は近所の人から仕事もらったり。周りの店の人ともすっかり仲良くなってて。
岡崎市民の憩いの場、籠田公園
——
そこで出会った人たちが次々と来てくれた
と。
ホスピタリティがそこに生きたわけですね。
その後すぐ有名なYouTuberが来たり、SNSにアップしたお店の外観写真が1万RTとかされて、Yahoo!のトップニュースになったんです。コメント欄で受け渡し口の小穴について「コロナの時代はこういう店が増えてくる」とか言われたりして。
——
偶然の連鎖がすごい……。それでお客さんがどんどん増えたんですか?
オープン当初は100杯くらいだったのが、その月の末には300杯、翌月には500杯……とすごい勢いで伸びていきましたね。Yahoo!効果でInstagramのフォロワーも爆増して、いろいろなところからお客さんが来てくれました。普段おじいさんとおばあさんが5人ぐらいしか通らないところに、20代の若者が500人来るわけです。お祭り騒ぎでしたね。そのうちスタッフから「売り切れました!」って報告も受けるようになって。
——
瞬く間に売り切れ続出の人気店になったんですね。
でも、経営者からすると、売り切れって決してよいことではなくて。県外から楽しみに来てくれる人もいますし。なので、「最初はいいけど何回も売り切れるのは発注ミスだから、気を付けないと」って注意したんです。スタッフもわかってくれて一件落着と思ったんですけど……。
そのすぐ翌週に約1
トン、数でいうと大体8,000
本のバナナがドカンと届いて、
「いや、それは多すぎるよ!」って。そのバナナは急遽アルバイトを雇ってなんとかさばき切りましたけど。もうほんと、こんな話の連続で。はちゃめちゃでした。
温度管理を徹底し、2週間かけて熟成したバナナとミルクだけで作るバナナジュース。砂糖不使用なのに濃厚な甘みがギュッと詰まっていて人気が出るのも納得!
——
当時の盛況ぶりがうかがえますね。
本当にあの時はすごかった。でも実は、オープンして4か月目で一度閉店することになったんです。
——
えっ!? 何があったんですか?
あまりに売れすぎて、スタッフほぼ全員、バナナ恐怖症になっちゃって……。
——
バナナ恐怖症……
?
一日中大量のバナナを剥いてるもんだから身体に匂いが染み付くし、人によっては、黄色いものを見るとバナナに見えてしまうくらい深刻な状態で。みんな「もうバナナは嫌だ!!」って。
——
トラウマのような状態になってしまったと。
多分準備が楽しすぎた分、その反動もあったんでしょうね。コロナ禍に行列ができてしまって近所の人に怒られたりとか、いろいろな難しさも重なって。こんな状態で続けていてもまったく健全じゃないから、一度お店を閉じる決心をしました。
失敗を糧に、街のカルチャーを担っていく
——
ここまでがWOWの第一章
ということですね。
お店を再開するきっかけは何だったんですか?
僕もそこから当分、窯の仕事が忙しくなってしまい、お店のことを考える余裕がありませんでした。そんなときにピザ職人の知人から独立の相談を受けたんです。それで「バナナジュース屋をやっていた店が空いてるんだけど、ピザをやらないか」と提案しました。
電気で焼けば火を使わなくて済むし、ピザとバナナジュースで売り出そうと思って。そのときに小穴を大きな窓に変えたり、イートインができるようにしたりと、方向性もがらりと変えたんです。
——
念願のピザ屋ですね。お客さんも待望の再開だったんじゃないですか?
最初のうちはバナナジュース専門店のときの常連さんも来てくれました。でも、今思えば僕も混乱してたんでしょうね。「PIZZA & BANANA」って文字にするとかっこいいんだけど、味の相性がそこまでよくなくて……。加えてイートインは手間がかかるわで、次第に客足が遠のいてしまったんです。
——
どっちもおいしければいいわけではなかったと。難しいですね……。
今思えばコロナの煽りも受けていたんだと思いますね。職人さんと試行錯誤しながら1年くらい頑張ったんだけど、それでも赤字続きで。もうこれ以上はお店を維持できないってところまできてしまって、泣く泣くピザをやめて、前の形態で再出発することにしました。前回の反省もふまえて、バナナジュースを主体に置きつつ、他のジュースもメニューに加えたりして。
——
紆余曲折あったなかで、それでもお店を続けた理由は何なんですか?
僕の一存だけでこの店を辞めるのは、もうやめようと思ったんです。お店を目的に岡崎に訪れてくれる人が少ないながらもいて、街のカルチャーとして根付きつつある。それにもかかわらず辞めるのは、完全にこちらのエゴですから。それで「この街のために面白いことをやりたい」なんて言えないじゃないですか。
混ざり合うカオスが岡崎を面白くする
店内にはお店に訪れた人々の写真が飾られている。
——長尾さんがそこまでして岡崎にこだわる理由ってなんなんですか?
別にこだわっているつもりはないんですけどね。でもやっぱり地元だし、昔からここに住んでるから、 楽しい街にしたいという気持ちは少なからずありますね。それに岡崎は癖のある面白い人や店がたくさんあるから。
——
面白い人や店が岡崎に多い理由は何だと思います?
僕は全国各地行くから思うんだけど、このあたりの人たちは精神的に強靭で、粋な人が多いんですよね。カルチャーや人に振り幅があって、いろんなものが混ざり合ってるからかな。「森、道、市場」や「橋の下世界音楽祭」というイベントも近くでやってて、ヤンキーみたいな人と、すごく真面目な人が交わったり。
岡崎の立地的にも名古屋と豊橋の中間に位置する街だから、いろんな人を受け入れる土壌があるんだと思います。だからクリエイターも集まって、お店が生まれたり。最近は移住者も増えてるし、そうやってあちこちからいろいろなカルチャーや人が混ざった結果、面白い場所になってるんだと思います。
——
そのなかで長尾さんも負けじと面白いお店を作りたいと。
ですね。僕にとっても「面白い」とか「ワクワクする」ってことはすごく大切なファクターだから。今振り返ってみればあまりにも無計画すぎたし、大変なこともありましたけど、でもだからこそ「WOW!」というようなお店ができたんじゃないかなって。
——
この店で酸いも甘いも味わってきたんですね。
ここは奇跡みたいな店ですよね。やろうと思ってもできないわけですから。なんでこんなふうになったんだろうっていつも思ってる(笑)。これからもこのお店が培ってきた雰囲気を残しつつ、岡崎のカルチャーをもっと担えるように大切に育てていきたいなって考えてます。
取材を終えて。「面白さ」を原動力に走り続ける
一風変わった店構えのバナナジュース専門店は、偶然が重なってできた奇跡の産物だということが明らかに。そこは利益を差し置いても面白さを大切にする、長尾さんの生き方を象徴するようなお店だったのです。
バナナジュース専門店を入り口に、若い世代にいろんなカルチャーを知ってもらいたいと語る長尾さん。その目には、面白さを追い求めようという好奇心が宿っていました。
岡崎に根付いたNEWSTAND WOWというカルチャーは、これからも姿を変えながら「より面白く」成長していくことでしょう。
NEWSTAND WOW
愛知県岡崎市籠田町39
営業時間:11:00~17:00(最終受付 19:00)
定休日:木、金曜日
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