その旧車、レンタルさせてください

ホンダ・S2000(AP1型)。 20世紀末に思い描いた先進性はいまも色あせない

自動車ライター・下野康史の旧車試乗記

下野康史
2023.07.28

文=下野康史/撮影=荒川正幸

2023.07.28

文=下野康史/撮影=荒川正幸

自動車ライター・下野康史さんが懐かしい旧車を借り受け、その走りをレポートします。今回はホンダが1999年に発売したオープンスポーツであるS2000をドライブ。21世紀を見据えて開発されたS2000は、21世紀の始まりから長い年月を経てネオクラシックカーの枯れた味が出ているのでしょうか。

ホンダS2000の外観

1995年の第31回東京モーターショーにコンセプトカーとしてSSM(Sports Study Model)が登場。1998年にプロトタイプがお目見えし、翌年に市販車版が発売される。世界初の車速応動可変ギアレシオステアリング機構(VGS)の搭載や排気量アップといったマイナーチェンジを行い、生産工場の変更も経て2009年まで生産された。登場時の希望小売価格は東京地区で338万円。
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S2000の斜め後ろの姿

おもしろレンタカーでレンタルしたのは2002年式のモデルで、VGSは非装着。2001年のマイナーチェンジでリアウインドウが熱線入りガラスに変わり、後方の視認性が向上した。スリーサイズは全長4135mm×全幅1750mm×全高1285mm。
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20世紀末に復活した、ホンダの“S”。ホンダのFRは、この後生産されていない

オープン2座スポーツカーのS2000が登場したのは、20世紀末の99年4月。ホンダ黎明期の歴史的なスポーツカー、S800の発売から33年ぶりになるホンダのFR車(フロントエンジン/リアドライブ)である。しかも開発責任者は、国産初のスーパーカー、NSXを手がけた上原繁氏。生産もNSXと同じ栃木県の高根沢工場。話題にはことかかないホンダの新星だった。
今回のクルマをレンタルしたのは、千葉県野田市に本店のある“おもしろレンタカー”である。店名のとおり、ここには話題の新型車だけでなく、すでにカタログ落ちの旧モデルや、マニア垂涎の旧車など、時代を超えたおもしろいクルマばかりがレンタカーとしてラインナップされている。
試乗車は初年度登録2002年6月。2009年までつくられたS2000の前期型だ。内外装こそ“新車並み”とは言えなかったが、走行30万kmを超えたエンジンはいたって快調だった。

信号待ちのわずかな間でも開け閉めできる、電動ソフトトップを装備

S2000が出た99年といえば、ユーノス・ロードスターの登場からちょうど10年目である。マツダがロードスターを出したおかげで(?)、この10年間は世界的にオープン2座スポーツカーが脚光を浴び、日本でも海外でもニューモデルが登場した。
そのなかで、S2000のちょっと自慢できる特徴は、電動のソフトトップだった。フロントウインドウ両サイドのロックレバーを手動で外すのはマツダのロードスターと同じだが、その後はボタンひとつ、自動で開く。
車齢20年を超す試乗車でも開閉スピードの速さは衰えておらず、4秒で開き、6秒で閉まった。開け閉めに手間暇がかかると、ついつい開けなくなってしまうのがオープンカーあるあるだから、これはとても大事な“性能”だと思う。

S2000のインパネ

ハンドルから手を伸ばしたところにエアコンやオーディオのスイッチ類を配置。走りに集中するためのコクピットとしてデザインがなされている。シフトノブの手前には、左にハザードランプのスイッチ、右は電動幌のスイッチが配置されていた。
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エンジンは250psを8300rpmで絞り出す、当時のホンダらしい超高回転型

しかし、なんといってもS2000最大の売りは2リッター4気筒のVTECユニットである。250psという最高出力は、スポーツカーならとくに驚くこともない数値だが、マクラーレン・ホンダF1用V12エンジンの開発スタッフが関わったといわれるノンターボ2リッターは、そのマックスパワーを8300rpmという高回転で出した。タコメーターは9000rpmまで表示されている。
新車時にテストコースで乗った時の試乗メモによると、回転リミッターが作動する8900rpmまで回せば、6段MTの2速ギアで107km/hまで出た。この当時、4輪の市販モデルでこんなに回るエンジンはほかになかった。6000rpmまで回しても、まだあと3000rpm近くの余裕がある。エンジンの“回し甲斐”では無敵のクルマだったのだ。
もちろん、公道だとエンジンの限界を試すチャンスなどまずない。登場時、開発スタッフも「サーキットが本籍」と語っていた。でも、そういうまさに天井破りのポテンシャルを秘めているという事実がS2000の魅力だった。

S2000のエンジンルーム

ボンネット内の車体中央寄りに搭載されたF20Cエンジン。重量物を重心近くに配置させる「ビハインドアクスル・レイアウト」によって50:50の前後重量配分を実現させ、ハンドリングレスポンスを高めた。
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S2000のシート

新車登録から20年あまり、30万kmを超す距離を走り抜いてきたS2000だが、シートのへたりなどを感じることもなかった。

S2000が走り去る姿

トランク部分のハイマウントストップランプはダックテール形状とし、空力特性の向上を目指した。

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F1メーカーならではの先進性は、いまも色あせない

一方、このエンジンは低速トルクもたっぷりしているから、そんなに回さなくたって加速は豪快だ。
硬い屋根のないオープン構造でも、ボディーやシャシーの剛性感は今なお非常に高い。クラッチを始め、ペダル類も踏みごたえがある。パワーステアリングの操舵力もズシリと重くしつけられている。そのため、マツダ・ロードスターのような軽快感はない。より高い速度域でのベストを狙っている感じだ。
今でもよく効くエアコンの操作スイッチは、メーターパネル左側の10cm四方ほどのスペースにコンパクトにまとまっている。対する右側はオーディオのスイッチ類だ。
ステアリングホイールの曲線とシンクロする半円形のメーターパネルはデジタル表示である。必要な情報や操作系を限られたスペースに集中させるという点で、F1マシンのコクピットをイメージさせるものだった。
オープンのスポーツカーでも、文科系的なエモーションで迫るクルマではない。代わりにあるのは、F1メーカーならではの先進性だ。20数年ぶりに乗っても、“旧車”という感じはほとんどしなかった。

マツダのロードスターは4代を重ねて、今も元気だが、S2000は1代限りで姿を消した。そこが両者の大きな違いだが、60年代のホンダ・スポーツに始まって、ビートにしてもS660にしても、歴史的にみると、ホンダのオープンスポーツカーはすべて1代限りである。よく言えば、モデルチェンジしない潔さ。それはホンダのオープンスポーツカーのDNAかもしれない。

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下野康史

かばた・やすし 1955年、東京都生まれ。『カーグラフィック』など自動車専門誌の編集記者を経て、88年からフリーの自動車ライター。自動運転よりスポーツ自転車を好む。近著に『峠狩り 第二巻』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)など。

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