すごい先人に会いに行く 第5回 「画家である、農民である」
●神田日勝(にっしょう)(1937~1970)

2016年09月12日 11:48 掲載

北海道十勝地方、帯広市の北にある小さな町・鹿追(しかおい)町。この地で農民として暮らしながら絵を描き、32歳の若さでこの世を去った人物がいます。その人の名は、神田日勝。「農民である、画家である」と、明確に自分自身を表現しました。

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昭和35年頃、23歳の神田日勝。

1937(昭和12)年東京・練馬生まれ。7歳のとき、戦時疎開団に加わった家族とともに鹿追に移住。小さい頃から絵が好きだった日勝少年は、中学で美術部に入部。15歳のとき、やはり絵が得意だった兄・一明から手ほどきを受け、油絵を描き始めました。その後兄は東京芸大に進学、日勝は中学卒業後、営農を継ぎ、農業をしながら描き続けたのです。

日勝の両親たちが苦労して開拓し、今では美しい田園風景がどこまでも続く鹿追町の中心部に、東大雪(ひがしだいせつ)連峰をイメージしたモダンな建物「神田日勝記念美術館」が建っています。「町に日勝の美術館を」という町民の声により、1993(平成5)年「神田日勝記念館」としてオープン、2006(同18)年に改称されました。

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屋根が高く、美術館としては個性的な展示室内。

ドーム状の展示室は、教会のように荘厳な雰囲気。壁には、一辺が1.5mから2mほどもある大きなベニヤ板に描かれた絵が並んでいます。
なかでもやはり目を引かれるのは、代表作のひとつ「馬(絶筆・未完)。馬の上半身だけが完璧に描かれたこの絵は、死後アトリエに残されていたもの。未完の絵ですが、生前「もう描けない」と知人に言っていたという話もあり、完成形と見ることもできる、謎を秘めた作品です。直に見ると、まるで板の中から飛び出してきたような馬の、こちらをまっすぐ見つめる目と、ペインティングナイフの力強いタッチの毛並みに、だれもが息をのみ、引き込まれてしまいます。
農民であり、画家でもあった日勝ですが、彼は、農民生活や農村風景を描く、いわゆる"農民画家"ではありません。彼が描く対象は、家の隅のゴミ箱や、一日の仕事を終えた馬、お腹を裂かれた牛、頭の中で構図を作った静物などでした。また、カラフルな色彩のアクションペインティング風や、当時の風俗がわかる新聞や雑誌の中に人物を配した絵なども残しています。

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「馬絶筆・未完)」1970年。油彩・鉛筆・ベニヤ。183×204cm

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「牛」1964年。油彩・ベニヤ。144×144cm

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「ヘイと人」1969年。油彩・ベニヤ。183×184.1cm

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「晴れた日の風景」1968年。油彩・ベニヤ。182.5×183.5cm

19歳のとき、「痩馬」を帯広の第31回平原社展に公募展初出品したのを皮切りに、全道展や独立展に出品し、いくつかの賞も受賞しました。東京はもちろん、札幌からも遠く離れたこの場所で、一人、作品を作り続けた神田日勝という人は、どのような人だったのでしょう。
「奥さんは『画家としての日勝を知らない』と言っています。近所の方のお話を聞いても、『明るくて、人と争っているのを見たことがない。やさしい人だった』という声が多いです」と言うのは、学芸員の川岸真由子さん。
「農民である、画家である」という日勝の言葉は、農民である自分と画家である自分をきちんと分けて、両立していたということなのでしょうか。それでもやはり、農業と絵の間で揺れ動く気持ちはなかったのでしょうか。

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2階に再現された1968年頃のアトリエの一部。愛用した机や本棚などが残されている。

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風景画は、売ったり、人にあげたりするために描いた。

亡くなる直前の1970(昭和45)年7月、日勝は『25周年記念全道展帯広巡回展目録』にこんな文章を残しています。
「結局、どう云う作品が生れるかは、どう云う生きかたをするかにかかっている。どう生きるか、の指針を描くことを通して模索したい。
 どう生きるか、と、どう描くかの終りのない思考のいたちごっこが私の生活の骨組なのだ。
 機械文明のあおりを受けて人々が既成品的生活を強いられるなかで、クリエイティブな我々の仕事は既成品的人生へのささやかな反逆かも知れない」

昭和40年代の日本は高度成長の真っ最中。まわりの農家がトラクターを導入しても、日勝は馬に頼って農業を続けていたそうです。
川岸さんは、こうも話してくれました。
「日勝は"奥行のある人"という感じがします。家庭人としてはやさしくて快活だったのに、一筆一筆全身全霊で描いたのは、暗くて、沈黙や無力感、絶望さえも感じさせる絵。小手先で描く、ただのきれいな絵とはまったく違います。日勝の絵は、彼が日々、全力投球で生きたこの土地で、この空気の中で、ぜひ見ていただきたいと思います」

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日勝が使用したペインティングナイフやパレットなども展示されている。

少年時代の習作から最晩年の「馬(絶筆・未完)まで、日勝作品のほぼ半数、約90点を収蔵し、生涯各期が通観できるとともに、人物像にも焦点を当てている「神田日勝記念美術館」には、まだ十分に確立されていない、絵画史の中での日勝の位置付けを研究するという役割もあるのだそうです。
4年後の2020年は、日勝没後50年。「日勝をもっともっと多くの方に知ってもらいたい」という川岸さんの思いが、何か形になるかもしれません。

神田日勝、この人を知らないなんてもったいない! ぜひ鹿追町に会いに行ってください。

●2016年11月8日~17年1月23日は、尾道市立美術館に貸出のため、日勝作品の展示はありません。

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神田日勝記念美術館
北海道河東郡鹿追町東町3-2 ℡ 0156・66・1555
【開】10:00~17:00
【休】月曜(祝日は開館)、祝日の翌日(土日は開館)、12/30~1/5
【料】大人520円、高校生310円、小中学生210円
☆JAF会員証提示で、大人・小中学生60円引、高校生50円引

撮影=村上宗一郎