2019年09月04日 11:29 掲載

旧車 【下野康史の旧車エッセイ】
DMC・DMC-12デロリアン
前衛的なスタイリングとは裏腹のその中身とは。

自動車ライター下野康史の、懐かしの名車談。今回は「DMC・DMC-12デロリアン」。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」での活躍が有名すぎる同車を、90年代半ばに試乗した自動車ライター・下野康史の思い出話をどうぞ。

下野康史

DMC-12デロリアン | DMC

全長×全幅×全高:4,267mm×1,988mm×1,140mm 排気量:2,849cc 車重1,244kg

イラスト=waruta

 不朽の名作ならぬ、不朽の名車がDNC-12デロリアンである。なにしろ、錆びにくいステンレス製。そのガルウイングボディをデザインしたのは、イタリアの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロ。シャシーの設計はロータス、といった派手なスペックをまとって、1981年に登場したスポーツカーである。

 創業者のジョン・Z・デロリアンは元GMの副社長。当時の英国サッチャー政権と交渉して多額の資金援助を取りつけ、雇用のなかった北アイルランドに製造工場を建設するなど、バックグラウンドの話題も派手だった。

 そうしたサイドストーリーのきわめつけが、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」での活躍だろう。というか、デロリアンは実車よりも3作続いた映画のタイムマシン役のほうが有名だ。82年末まで8000台あまりのDNC-12を生産しただけで、デロリアン・モーター社はあっけなく倒産してしまったのである。

 実車のデロリアンは、前衛的なスタイリングとは裏腹の、どちらかといえば癒し系のアメリカンなGTカーだった。リアに搭載されるエンジンは、プジョー、ルノー、ボルボの3社が70年代に共同開発した2.8LV型6気筒。最高出力は150馬力だったから、スピードを誇るようなスポーツカーではなかった。今でも覚えているのは、乗り込んだあと、ガルウイングドアを閉めるのがタイヘンだったこと。ドアから下がったベルトを引いて閉めるのだが、腹筋まで使わなければならないほど重かった。

 最後にデロリアンのステアリングを握ったのは90年代半ばである。自動車専門誌の取材で、中古車店から稀少な1台を拝借した。15年近くを経ても、ボディに新車の輝きがあったのはさすがだった。

DMC-12デロリアン | DMC

イラスト=waruta

 ちょうどそのころ、幼稚園に通う筆者の甥っ子が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に夢中だった。VHSのビデオテープがすりへるほど映画を見返し、すべての場面を暗記しているかと思えば、叔父さん(ワタシ)がつくったデロリアンタイムマシンのプラモデルをどこへ行く時も持ち歩き、部品が取れたと言ってベソをかいた。甥っ子は、筆者の家からそう遠くないところに住んでいる。取材で借りた本物のデロリアンをこの機会に見せてやらない手はない。

 玄関の前に乗りつけ、車を止め、ガルウイングドアを開けたまま、「リュウちゃーん、ちょっとおいでー」と呼び出した。部屋から元気に出てきた甥っ子がどうしたか。リアルなデロリアンを見るなり、ひとことも発することなく、その場でクルッと体を反転させ、家の奥に向かって歩き出し、二度と出てこなかった。初めてのディズニーランドで、本物のミッキーさんを見せると固まってしまう子どもがいる。あれと同じだった。

 その後ずっと、ふたりのあいだでデロリアンの話はタブーだが、数年前、社会人になった甥っ子は、幸い今の若者にしては珍しいまっすぐな車好きに育っている。めでたしめでたし。


文=下野康史 1955年生まれ。東京都出身。日本一難読苗字(?)の自動車ライター。自動車雑誌の編集者を経て88年からフリー。雑誌、単行本、WEBなどさまざまなメディアで執筆中。

(この記事はJAF Mate Neo 2016年4月号掲載「僕は車と生きてきた」を再構成したものです。記事内容は公開当時のものです)

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