2019年04月01日 01:00 掲載

旧車 「バモス」に始まり「ハチロク」で締める!【第8回クラシックカー・スポーツカー in 科学館】旧車70~80年代編

千葉県立現代産業科学館(市川市)にて3月10日に開催された、「第8回クラシックカー・スポーツカー in 科学館」。1950年代から2000年代までのヒストリックカーや旧車、スーパーカーなど、50台ほどが集結した。レポート第2弾は、1970~80年代の旧車を紹介する。

JAFメディアワークス IT Media部 日高 保

 紹介するのは、ホンダ「バモスホンダ-4」、トヨタ「コロナ 1700SL」(4代目)、三菱「コルトギャランGTO MR」、いすゞ「ジェミニ ZZ/Rクーペ」(初代)、日産「セドリック」(6代目)、トヨタ「スプリンター トレノ」(5代目)の6車種。掲載順はそのクルマの誕生年ではなく、展示車両の年式順とした。

あまりにも斬新すぎた!? オープン軽トラ、ホンダ「バモスホンダ-4」1970年式

ホンダ バモス 1970年式|honda vamos 1970

TN360(STDIII-2)型「バモスホンダ-4」1970年式。全長2995×全幅1295×全高1655mm、ホイールベース1780mm、トレッド前1110/後1120mm。車重540kg。排気量354cc・2気筒OHCエンジン「TN360E」、最高出力30ps/8000rpm、最大トルク3.0kg-m/5500rpm。サスペンション前・独立懸架式マクファーソン/後・ド・ディオン(半楕円板バネ式)。ブレーキ前後共にリーディングトレーリング。最高速度時速90km。

 "乗る人のアイディアによって、用途の範囲が無限に広がるクルマ"として1970年10月にホンダが発表した軽トラック「バモスホンダ」。「バモス(Vamos)」とはスペイン語であり、英語なら「Let's go」と同じ意味だ。上部が幌で覆われたタイプも用意されていたが、基本はオープンカーという、少々変わったスタイリングの軽トラックである。

 さらに、ドアがなくて(代わりに保護用ガードパイプがある)乗り降りがしやすいこと、フロント部分のスペアタイヤは実際に装着しているタイヤよりも径が大きいこと、そのスペアタイヤは実は正面衝突時のクッション用であること、スピードメーターなどは防水タイプでフロアの丸洗いができることなど、変わった特徴をいくつも持ったクルマだった。

 上写真の「バモスホンダ-4」は4人乗りタイプで、価格は34万5000円。そのほか2人乗りタイプやフル幌タイプもあった。「バモスホンダ-4」はフルモデルチェンジはなく、1973年で生産を終了。1999年6月になって1BOXタイプの軽商用車としてその名が復活したが、ホンダは直接的な系譜であることは表明していない。その2代目も2018年5月で終了し、現在は「N-VAN」に引き継がれている。

国産車初のミリオンセラー公言車の後を継いだトヨタ「トヨペット コロナ」(4代目)1972年式

トヨタ コロナ 1970年式|toyota corona 1970年式

4代目RT84型「トヨペット コロナ」1972年式。全長4195×全幅1570×全高1400mm、ホイールベース2430mm、トレッド前1300/後1280・1285mm。車重975kg。排気量1707cc・気筒DOHCエンジン「6R」、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.5kg-m/4000rpm。サスペンション前・ウィッシュボーン・ボールジョイント/後・半浮動。ブレーキ前・ディスク/後・リーディング・トレーリング。最高時速170~175km。

 日産の独壇場だった小型タクシーのシェアを奪うことを目的とし、1957年7月にトヨタが投入した1000ccクラスの小型車が「コロナ」だった。しかし初代も、1960年4月に投入した2代目も販売台数でライバルの後塵を拝してしまう。そこでトヨタは、1964年9月に発表した3代目(※1)では、開通したばかりの名神高速道路で10万km連続高速走行公開テストを行うなど、性能をわかりやすく一般ユーザーにもアピールする入念なマーケティング戦略を実行。それらが成功して販売台数でライバルを逆転し、なおかつ国産車初のミリオンセラーを記録したのである。

 そんな大ヒットモデルの後を受けて、サイズを一回り大きくして1970年2月に登場したのが4代目(RT80型)。ボディタイプは4ドアセダンと4ドアバンの2種類で、エンジンは1500ccと1600cc、そして1600ccのツインキャブレター仕様の3種類で始まった。1970年8月に追加されたのが、2ドアハードトップ(RT90型)で、このときは排気量を1700ccに拡大したエンジンも搭載された。翌9月には、4ドアセダンのエンジンを1600ccから1700ccにスイッチ。上写真の4代目「コロナ」は、そのエンジンを交換した4ドアセダン「1700SL」(RT84型)である。この後も4代目は、1900cc、2000ccと、エンジンの排気量がアップしていった。

 コロナは1996年11月登場の11代目(このときの車名は「コロナ プレミオ」)まで続き、2001年12月に生産終了。後継は「コロナ」の名が外れた「プレミオ」で、現在2007年6月に登場した2代目が複数回のマイナーチェンジを経て現行車種としてラインナップ中だ。

※1 3代目「コロナ」は別記事『【オートモビルカウンシル2018】「コロナ」、「MID4」、「レジェンド」!トヨタ・日産・ホンダの過去と今、そして未来』にて紹介。

三菱のスポーティカーシリーズ第1弾の最上位モデル!「コルトギャランGTO MR」1972年

三菱 ギャラン GTO 1972年式|mitsubishi galant gto 1972

「コルトギャランGTO MR」。全長4125×全幅1580×全高1310mm、ホイールベース2420mm、トレッド前1295/後1285mm。車重980kg。排気量1597cc・直列4気筒DOHCエンジン「ニューサターンAIII(4G32)」、最高出力125ps/6800rpm、最大トルク14.5kg-m/5000rpm。サスペンション前・独立懸架型ダブルサポート付きストラット/後・車軸式4枚リーフスプリング。ブレーキ前・ディスク/後・リーディングトレーリング。最高速度時速200km、0→400m発進加速16.3秒。

 1969年12月に初代が登場した「ギャラン」は、1996年登場の8代目まで長期間にわたって三菱の主力モデルとして人気を博した車種だ。初代だけは「コルトギャラン」といい、1960年代に人気を博した三菱車「コルト」シリーズの名を受け継ぐ。写真の「コルトギャランGTO」も同シリーズの1車種で、ゴージャスかつ高性能なスポーツカーというコンセプトで誕生したスペシャリティカーである。車名の「GTO」とは、「GTカーとして正式に承認されたクルマ」を意味するイタリア語「グラン・ツーリスモ・オモロガーレ」の略だ。

 「コルトギャランGTO」の大きな特徴は、多くのクーペで見られたセダンのボディを手直しして、サスペンションやエンジンの設定をスポーティ仕様にしたものではないということ。エクステリア、内装、そしてエンジンも専用に開発された完全ニューモデルだった。

 グレードは「MI」、「MII」、そして上写真の「MR」の3種類が設定された。「MR」とは"ミツビシ・レーシング"を意味する、三菱車のスポーツモデルの最上位グレードにつけられる名称だ。「MR」はエンジンの最高出力が最も高く、仏ソレックス社製ツインキャブレターを備えた1600ccのDOHCエンジンにより125馬力を叩き出した。「コルトギャランMR」の価格は東京地区で112万5000円。フルモデルチェンジすることなく、1977年に生産を終了した。

いすゞ「ジェミニ ZZ/Rクーペ」(初代)1982年式

いすゞ ジェミニ ZZ・Rクーペ|isuzu gemini zz・r coupe

初代・E-PF60型「ジェミニ ZZ/Rクーペ」1982年式。全長4235×全幅1570×全高1340mm、ホイールベース2405mm、トレッド前1300・1315/後1305・1320mm。車重945・970kg。排気量1817cc・直列4気筒SOHCエンジン「G180」、最高出力130ps/6400rpm、最大トルク16.5kg-m/5000rpm。サスペンション前・独立懸架式ダブルウィッシュボーン/後・独立懸架式3リンク。ブレーキ前後共にディスク。最高速度時速180km。

 いすゞは1971年にGMと提携し、「ベレット」の後継モデルとして、世界で通用する初のグローバル・カー構想「Tカー」シリーズの共同開発を開始。Tカー構想は、当時はGMの傘下だった独オペルの小型車「カデットC」をベースとし、世界各国・地域でそれぞれに合わせたモデルを開発、販売するというものだった。開発は3年かけて行われ、「カデットC」に1600ccのエンジンを搭載して内外装を日本市場向けのデザインにして、初代「ジェミニ」は誕生。その双子座を意味する車名はGMとの共同開発を表したものである。

 1979年11月になって初代「ジェミニ」は大規模なフェイスリフトが行われるなど、ビッグマイナーチェンジが実施された。その際に1800ccのDOHCエンジンを搭載したスポーツモデル「ZZ(ダブルズィー)」シリーズが追加。上写真の「ジェミニ ZZ/Rクーペ」もその1モデルで、走りを追求した最上位グレードだった。

 「ジェミニ」は1985年にフルモデルチェンジしてFF車となった2代目が登場。1990年に3代目が登場し、4代目からはホンダ「ドマーニ」のOEM供給を受け、1997年登場の5代目が2000年で販売を終了した。

【「ジェミニ」の関連記事はこちら】
●ぼくは、車と生きてきた「いすゞ・ジェミニ」(ライター:下野康史氏)

日産「セドリック」(6代目)1984年式

日産 セドリック 6代目 1984年式|nissan cedric 6th 1984

6代目・E-PY30型「セドリック 4ドアハードトップ・ターボブロアム」1984年式。全長4860×全幅1720×全高1410mm、ホイールベース2730mm、トレッド前1430/後1400mm。車重1600kg。排気量2960(1998)cc・V型6気筒SOHCターボエンジン「VG30ET」、最高出力230ps/5200rpm、最大トルク34.0kg-m/3600rpm。サスペンション前・独立懸架式マクファーソン・ストラット/後・5リンク。ブレーキ前後共にベンチレーテッド・ディスク。最高速度時速180km。

 日産が1960年4月に初代を発売した高級セダン「セドリック」。上写真は、1983年6月に登場した6代目となるY30型だ。「セドリック」は、トヨタ「クラウン」(※2)が強い中型タクシー市場に食い込むために開発された車種で、初代からタクシー用のLPGガス仕様がラインナップされていた。ライバルメーカーが強いタクシー市場に挑むという構図は、ちょうどトヨタ「コロナ」と同じである。

 6代目「セドリック」で注目されたのは、国産車初のV型6気筒エンジンを搭載したこと。排気量が2960ccの「VG30型」と1998ccの「VG20型」があった。これらV6エンジンは新開発であることもあって静音性が高く、それに加えて二重防振構造のサスペンション、フラッシュサーフェスボディなどの効果もあり、6代目「セドリック」はボディそのものが高い静粛性を実現した。

 余談だが、「セドリック」は兄弟車「グロリア」とワンセットで"セドグロ"と呼ばれる。しかし、元から兄弟車だったわけではない。日産で開発されたのが「セドリック」で、元はプリンスの高級セダンだったのが「グロリア」(初代は1959年誕生)だ。プリンスが日産に吸収合併された関係で、「グロリア」は3代目(※3)から日産車となったのである。また「セドリック」と「グロリア」は1代ずれており、6代目「セドリック」と同じ発売日のY30型「グロリア」は7代目にカウントされる。

 「セドリック」は1999年6月登場の10代目Y34型が最終モデル(「グロリア」は11代目)。2004年で生産を終了し、44年の歴史に幕を閉じた。

※2 初期のトヨタ「クラウン」については、別記事『60年強の歴史!! 現行モデルまで15代を数えるトヨタ「クラウン」が集結【クラウンDAY at Motomachi】前編』にて紹介。
※3 3代目日産「グロリア」については、別記事『【トヨタ博物館 クラシックカー・フェス 2018】(5)1970年代前編:クラウン、フェアレディ、グロリア、ff-1、ジムニーなど!』にて紹介。

下り最速でお馴染み! トヨタ「スプリンタートレノ」(5代目AE86型) 1985年式

トヨタ スプリンタートレノ AE86型 1985年式|toyota sprinter trueno ae86 1985

昭和の杜博物館所蔵の5代目・AE86型「スプリンタートレノGTV」1985年式。全長4215×全幅1625×全高1335mm、ホイールベース2400mm、トレッド前1355/後1345mm。車重910~940kg。排気量1587cc・直列4気筒DOHCエンジン「4A-GEU」、最高出力130ps/6600rpm、最大トルク15.2kg-m/5200rpm。サスペンション前・マクファーソンストラット/後・ラテラルロッド付き4リンク。ブレーキ前・ベンチレーテッド・ディスク/後・ディスク。最高速度時速180km。

 お馴染みの人気コミック・アニメ「頭文字D」で、主人公の愛車として活躍する"ハチロク"ことトヨタAE86型「スプリンター トレノ」。上写真の5代目となるAE86型は1983年5月に登場した。ただし、初代から「スプリンター トレノ」という車名だったわけではない。幾度も車名が変わってきた歴史があるのだ。初代は、1966年11月発売の「カローラ」の初代(※4)に追加されたクーペモデル「カローラ スプリンター」(1967年5月発売)である。

 2代目になって販売チャネルの関係から「カローラ」の名が外れて「スプリンター クーペ」となり、3代目になって最上位グレードに「トレノ」が設定される。そして5代目AE86型からは車名に昇格し、「スプリンター」シリーズの中の走りを求めたFRモデル「スプリンター トレノ」となったのである。ちなみに「トレノ」とは、スペイン語で「雷鳴」を意味する。

 上写真の「スプリンター トレノ」はノーマル車ではない。原作第2部の中盤以降に登場する、フロントの軽量化を目的にボンネットをカーボン製に変更した主人公のハチロクを模したものだ。ちなみにサイドには「藤原とうふ店(自家用)」ならぬ「昭和の杜博物館(一財)」と入っており、芸の細かさもポイント。ただしグレードは異なっており、原作は最上位の「GT-APEX」(3ドア)という設定だが、展示車両はひとつ下の「GTV」(3ドア)だ(標準装備が異なるだけで、エンジンや走行性能はほぼ同一)。東京地区の価格は、「GT-APEX」が156万3000円で、「GTV」が140万円だった。

 その後、「スプリンター トレノ」は1995年5月登場の8代目AE110型が最終モデルとなり、2000年7月に生産を終了した。ただし、5代目AE86型のコンセプトを引き継いだトヨタ「86」(スバル「BRZ」)が現行車種として現在も発売中だ。

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「ハチロク」ことAE86「スプリンタートレノ」アニメ新劇場版・オフィシャルカーを激撮!!
※4 初期のカローラについては別記事『誕生52年! 初代から11代目までトヨタ「カローラ」の歴史に迫る【前編】』にて紹介


 今回は、70~80年代のクルマ6車種を紹介した。これらのクルマは現在と比較した場合、"2ドアクーペ"が多かったことが見て取れるはずだ。現在は、スーパーカーやスポーツカーなど、一部のクルマ専用のボディタイプとなっている2ドアクーペ。しかし、かつては大衆車の中にも若者など、クルマで走ることが好きな層を主なターゲットとした2ドアクーペは珍しくなかったのだ。旧車展に足を運べば、それだけ若者がクルマに夢中になっていたということが肌で感じられるのである。

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