2019年01月18日 01:00 掲載

旧車 【トヨタ博物館 クラシックカー・フェス 2018】(5)
1970年代前編:クラウン、フェアレディ、グロリア、ff-1、ジムニーなど!


JAFメディアワークス IT Media部 日高 保

意欲的な"スピンドルシェイプ"を採用した4代目「クラウン」

トヨタ クラウン(4代目)|toyota crown 4th

トヨタの4代目「クラウン」1971年式。国産高級セダン・ナンバー1の座を築いてきた「クラウン」だったが、あまりにも先鋭的なデザインが受け入れられず、販売台数は伸び悩んでしまった。

 「トヨペット」のマスコットネームが外れた4代目「MS60系クラウン」は、1971年2月に登場。フレームやエンジンなどの機構面が3代目から継承され、さらにオーナードライバーへの積極的なPRも3代目から引き続き行われた。それは"スピンドルシェイプ(紡錘型)"と呼ばれる特徴的なスタイリングで表された。それ以降のスタイリングをリードするものとして、トヨタが自信を持って送り出したのであった。

 しかしそのデザインは先進的かつ個性的過ぎるとして、当時のオーナー層に受け入れられないという事態に。より保守的な公用車・社用車などの法人需要からも敬遠されてしまった結果、1955年登場の初代から守り続けてきたクラス首位の座から陥落してしまったのである。

 それに対してトヨタは素早く対応し、1973年10月にマイナーチェンジを実施。スタイリングの手直しを図り、フェイスリフトが行われた。ただしそれは場つなぎだったようで、ちょうどその1年後にはオーソドックスなスタイリングに戻した5代目「MS80系」がデビューしたのであった。

初代「GT-R」! 「KPGC10型スカイライン 2ドアハードトップ」

日産 スカイライン 2ドアハードトップ GT-R(KPGC10型)|nissan skyline 2door hardtop gt-r kpgc10

日産「スカイライン 2ドアハードトップ GT-R」1971年式。レースシーンで大活躍し、「スカイライン伝説」を作り出した。

 かつて存在したプリンス自動車は1966年8月、実質的には吸収される形で日産と合併したものの、プリンスで開発されたクルマの多くが引き継がれた。「スカイライン」もそのひとつで、1968年7月に登場した3代目「C10型」が日産から発売された最初の「スカイライン」だ。

 プリンス時代から「スカイライン」はレースで活躍していたが(※3)、1969年2月に登場したのが、4ドアセダンの「PGC10型2000GT-R」だ。

 初代「GT-R」はレースでの使用を前提とした高性能スポーツカー。エンジンに至っては、打倒ポルシェを目指して開発されたプロトタイプレーシングカー「R380」のエンジンを市販用にデチューンした2L直列6気筒エンジン「S20型」が搭載されていたほどだ。S20型は、量産車としては世界初となる4バルブDOHC機構を搭載されていたのである。

 そして1970年秋になって、旋回性能の向上と軽量化を実現すべく、ホイールベースを70mm短縮した2ドアハードトップモデル「KPGC10型GT-R」(※4)が追加。狙い通りに初代「GT-R」はレースで大活躍し、PGC10型とKPGC10型と合わせて1972年10月に49連勝を含めた通算52勝という大記録を打ち立てたのであった。

 市販の「スカイライン」はその大記録の1か月前にフルモデルチェンジが行われ、4代目「C110型」(※4)がデビューしている。
 

※3 プリンス「スカイライン」の関連記事はこちら
コンセプトカーが社外に流出? プリンス「スカイライン スポーツ」&伝説の始まり「スカイラインGT」
※4 初代「GT-R」(KPGC10型)及び4代目「C110型」の関連記事はこちら

レースで前人未踏の49連勝! 日産「スカイライン 2000 GT-R KPGC10型(1970年式)」
4月24日は「スカイライン」の誕生日。初代から12代目まで、歴代モデルを一挙紹介 前編:初代「ALSI」系から4代目「C110」系まで

縦型4灯式ヘッドランプが特徴的な3代目「グロリア スーパーデラックス」

日産 グロリア スーパーデラックス(3代目)|nissan gloria 3rd super de lux

日産「グロリア スーパーデラックス」1971年式。通称「縦目のグロリア」と呼ばれている。

 「グロリア」も日産に引き継がれたプリンス車の1車種。そのため、3代目までは「プリンス グロリア」とも呼ばれる。同車は初代「BLSI型」が1959年に登場。初代「ALSI型スカイライン」とはボディを共用した兄弟車だった(※5)。

 1962年9月に2代目「S40型」が登場し、翌1963年には排気量2Lクラスでは国産初となる直列6気筒SOHCエンジン「G7型」を搭載した最上位グレード「スーパー6」が追加。G7型は最高出力105馬力をマークし、国産車として初めて100馬力の大台に乗った、歴史に名を残すエンジンである。

 1967年4月に登場した3代目「A30型グロリア」はプリンスと合併した日産から発売された最初の車種となったため、世間から大いに注目を集めることとなった。3代目「グロリア」は当初G7型エンジンを搭載していたが、1969年10月のマイナーチェンジで日産製「L20型」エンジンに換装。今回参加した「グロリア スーパーデラックス」は1971年式のため、L20型を搭載している。

 「グロリア」は1971年2月に登場した4代目の「230型」から、日産が1960年に初代をデビューさせた高級セダン「セドリック」の3代目と兄弟車となり、ワンセットで「セド・グロ」と呼ばれるようになる。
 

※5 初代「ALSI型スカイライン」の関連記事
4月24日は「スカイライン」の誕生日。初代から12代目まで、歴代モデルを一挙紹介 前編:初代「ALSI」系から4代目「C110」系まで

初代の水冷エンジンに換装したマイナーチェンジモデル・LJ20型「ジムニー」

スズキ ジムニー(初代・LJ20型)|suzuki jimny 1st lj20

水冷エンジンを搭載した初代のマイナーチェンジモデル「LJ20型ジムニー」1973年式。この時代の4WD車はフロントウインドーを前方に倒すことが可能だった。荷台にも1人が乗車でき、搭乗人数は3人。後にスペアタイヤを車外に出した「LJ20F型」が登場し、4人乗車が可能となった。空冷エンジンモデルのLJ10型との外見的な差異は、フロントグリル。横スリットだったが、縦型に変更された。

 "自然に挑戦する男のくるま"、"男の相棒"というキャッチフレーズと共に、スズキが1970年に発表した初代「LJ10型ジムニー」。初代は、ラダーフレーム、前後のリーフリジットサスペンション、大径16インチタイヤ、高低の2段副変速機などを備えた、山間部のダム建設現場や林業などのプロの道具として、そして手軽なアウトドアの足として人気を博した。

 エンジンは、軽トラック「キャリイ」のものを改良した排気量359ccの空冷直列2気筒2サイクルの「FB型」。当時の軽自動車規格で登場した、国内初の軽4WD車だったのである。軽四輪として「ジムニー」の登坂能力は群を抜いており、一般の軽四輪が勾配15~17度というところ、車重600kgという軽量である点も手伝って、27.5度を誇った。

 そして1972年にマイナーチェンジが行われ、今回撮影した「LJ20型」に。最大の変更点はエンジンが水冷式の「L50型」となったことで、それに伴い最高出力は3馬力アップの28馬力に、最大トルクは0.4kg-mアップの3.8kg-mとなった。車重は25kg増えたが、トルクのアップなどによってさらに登坂能力は高まり、35度に。同時期に発売されていた他社製の4WD車はどれも大排気量(2199~3956cc)で、それらの登坂能力は勾配35~45.20度。軽規格とはいえ、まったく引けを取らなかったのである。

 この後、1976年に軽自動車規格の改定に合わせてマイナーチェンジが行われ、539cc・直列3気筒エンジン「LJ50型」を搭載した「SJ10型」が登場。通称「ジムニー55」と呼ばれた。2代目へのフルモデルチェンジは1981年に実施され、「SJ30型」(エンジンはLJ50型のまま)に切り替わった。

トヨタ博物館クラシックカー・フェス2018関連記事