2019年05月21日 02:46 掲載

ライフスタイル 日本初のラッパーは佐野元春? 84年5月21日発売『VISITORS』に見る日本のヒップホップ黎明期。

「日本のロックシーンに初めてラップを導入したのは誰か」。議論されることの多いテーマだが、少なくともメジャーシーンで最も早く取り入れたのは佐野元春ではないだろうか。1年間の単身渡米で目の当たりにしたストリートサウンドを取り入れ、帰国後にアルバムとして発表。80年代の日本の音楽シーンに衝撃を与えた1枚『VISITORS』を紹介する。

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JAFメディアワークス IT Media部 大坂 晃典

佐野元春 4thアルバム『VISITORS』

今でもクラブシーンなどでフィーチャーされることが多く、幅広いアーティストに影響を与えつづけている佐野元春の4thアルバム「VISITORS」。

 アメリカでヒップホップがロックの売り上げを超えて、最も売れる音楽ジャンルになった昨今。ラップが取り入れられた曲は決して珍しいものではない。だが、今から35年前の1984年、初めてそれらの要素が取り入れられたサウンドが登場した時、当時の人々は耳を疑った。ほとんどの人が「これを歌と呼んでいいのだろうか」とすら思ったはずだ。

かつて日本でラップといえばコミックソングだった?

 それはなぜか。日本でそれ以前のラップといえば、YMOのアルバム曲で実験的に導入されたものもあったが、それ以外はコミックソングの範疇でしか扱われていなかったからだ。この頃のラップを取り入れた曲として有名なのは、小林克也らを中心として、80年代に人気を博したコントユニット、スネークマンショーのパロディソング。もしくは、吉幾三のヒット曲「俺ら東京さ行ぐだ」といった様相だ。

 そんな中、本格的なニューヨーク仕込みのサウンドとして、自身のアルバムでラップの歌唱法を大胆にフィーチャーしたのが佐野元春だった。

絶頂期を迎えるも単身渡米。新しい音を模索した佐野元春

 1980年のデビューから1982年までに代表曲となった「SOMEDAY」を含む3枚のアルバムを発表した佐野。これら初期3部作のアルバムは、ロックでありながら親しみやすい歌詞とサウンドで多くのファンを獲得した。1年がかりで開催した全国ツアーも軒並みソールドアウト。1983年リリースのベストアルバム「No Damage」もオリコンチャート1位となり、絶頂期を迎えた。

 しかし、そんな中でも、彼はより新しいサウンドを追求すべく単身で渡米する。1年間かけてニューヨークでまったく新しいジャンルの音を吸収し、帰国後の1984年5月21日にリリース。世間を驚かせたアルバムが「VISITORS」だ。

 これまでの佐野のサウンドは、バディ・ホリーやブルース・スプリングスティーンらの影響を受けた王道のロックンロールだった。だが「VISITORS」では、ニューヨークで影響を受けた最先端のストリートシーンがそのままパッケージされたかのような、文字通り前代未聞のサウンドが収められたものとなっていた。

A面1曲目から衝撃のサウンドが展開

 A面に針を落とした途端に飛び出すのが、ニューヨークのストリートシーンがそのままサウンドに反映された「COMPLICATION SHAKEDOWN」。細かく刻まれたビートに、佐野の畳みかけるようなラップの歌詞が覆いかぶさる。曲の中盤では、パーカッションやサックスなども含む複雑なセッションも展開。凄腕のストリートミュージシャンが、一堂に力量を競い合っている様子が目に浮かぶようだ。

 続く「TONIGHT」は、1曲目のインパクトを心地よく和らげてくれる爽やかなシティーポップ。この曲はアルバム発売前の先行シングルにもなっている。そして3曲目の「WILD ON THE STREET」では、再び佐野のラップが炸裂。ヒップホップ色の強い楽曲で、再び最先端のストリートシーンに引き戻される。また、B面でも、プリンスなどに代表される80年代特有のファンクなリズムがラップと融合する「COME SHINING」など、斬新な楽曲が駆け抜けるように展開。当時のリスナーは、まったく新しいジャンルのサウンドに大きな衝撃を受けた。

佐野元春「VISITORS TOURツアー」1984年のライブカットより

1984年「VISITORS TOURツアー」のライブカットより。©︎M's Factory Music Publishers, Inc.

ファンの評価は賛否両論⁈

 冒頭でも触れたように、当時の日本では正当な音楽としてのラップやヒップホップがほとんど浸透していなかった。そんな中、突如リリースされた「VISITORS」は、リスナーの多くに戸惑いを与え、賛否両論を巻き起こした。ファンにとって待望のオリジナルアルバムだったこともあり、オリコンで1位を記録。しかし、その一方で佐野の変化を受け入れられないファンも多かった。「こんなの歌じゃない」「彼は変わってしまった」といった声も多く、その後のツアーでは「VISITORS」の曲になった途端、席に座り耳を傾けようとしない観客もいたという。

 筆者もこの衝撃をリアルタイムで体験した一人だ。初めて耳にするラップの手法は、一本調子で、ただ曲に乗せて言葉を並べているだけにしか感じられず驚いたものだ。だが、聴けば聴くほど響きが心地良く、何より自由な可能性があることを感じるようになった。最初に耳にした時は戸惑ったものの、まだ少年だった筆者にはラップに対する抵抗感はなく、最先端サウンドの詰まった『VISITORS』を、全曲口ずさむことができるほど繰り返し聴いたものだ。

2000年代の今も耳にする名盤として

 時は流れ90年代。EAST END×YURI の「DA.YO.NE」や、スチャダラパー×小沢健二の「今夜はブギーバック」などがヒット。次第にヒップホップはお茶の間まで浸透し、ジャンルとして確立されていった。そして2019年の今、「VISITORS」がドロップされてから、すでに35年の時が経過したことになる。だが、日本の音楽シーンで初めて本格的にヒップホップカルチャーを取り入れた作品として、今でもこのアルバムはクラブなどでフィーチャーされることも多く、若い世代にも大きな影響を与え続けている。

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