2018年12月21日 12:49 掲載

ライフスタイル デビューから41年目に突入し、ますます熱い「シーナ&ロケッツ」を緊急取材。JAF会員のみなさんへのコメントもいただきました!

1978年にデビューし、翌年には「ユー・メイ・ドリーム」が大ヒット。その後、日本のロックシーンを切り開いたロックバンド「シーナ&ロケッツ」。まだ、女性のロックボーカリストが少なかった時代に登場したシーナ。彼女の急逝を乗り越えて今に至るまでの経緯と「シーナ&ロケッツ」の今をレポートする。

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 1978年に鮮烈なデビューを飾り、翌年にはYMOメンバーとのコラボを経てシングル「ユー・メイ・ドリーム」が大ヒット。その後、日本のロックシーンの先端を走り続けているロックバンド「シーナ&ロケッツ」。2018年11月に、デビューから41年目を迎えた彼らが今、絶好調だ。

シーナ&ロケッツ「ゴールデン☆ベスト EARLY ROKKETS 40+1」

鮎川誠の監修・選曲による41曲がリマスターされ、ソニーから発売された最新ベスト盤「ゴールデン☆ベスト EARLY ROKKETS 40+1」

 バンドの中心となっているのはギタリストでありボーカルもつとめる鮎川誠。彼の妻でありバンドのリードボーカルだったシーナは、2015年2月14日に61歳の若さで急逝。しかし、その後もバンドの勢いは衰えることなく、今年は多くのリリースやドラマ化などで人気が再燃。ムーブメントは、加速度を増している。彼らのパワーと人気の源はどこにあるのだろうか。

リードボーカル、シーナの急逝から今に至るまで

 ニュースや新聞でシーナの急逝が報じられたのは、2015年のバレンタインデーのこと。彼女の死はあまりにも突然だった。2014年7月にシーナが体調を崩した際、子宮頸がんのステージⅣが発覚したという。しかし、本人の強い希望により、ファンや関係者にさえも彼女が亡くなるまで、家族以外に病状が明かされることはなかった。また彼女は亡くなる1か月前までライブ活動を行い、文字通りロックな人生を貫き通した。

 シーナは、まだ女性ロック・ヴォーカリストが少なかった1970年代にメジャーシーンに登場。以後ずっと第一線で活躍し続けた。その横に常に一緒だったのは、プライベートでもパートナーであったギタリスト鮎川誠だ。「バンドの延長に家族が結び付いている」という彼にとって、シーナの急逝がどれだけ衝撃的なことだったかは想像に難くない。

 その後、夫でありバンドを率いる鮎川は、シーナの遺志を継いで「シーナ&ロケッツ」を続行。鮎川が全曲のボーカルを取り、オリジナルメンバーの奈良敏博、川嶋一秀とともに3ピースで活動を再開する。また、鮎川とシーナの末娘であるLUCYが、2015年4月7日(シーナの日)からゲストボーカルとして参加。特別なイベントのみLUCYが加わった4人編成でライブを行い、今に至っている。

リリースが続々と! さらに40年目の節目に2人の半生がドラマ化。

シーナ&ロケッツ「ゴールデン☆ベスト VICTOR ROKKETS 40+1」

こちらはソニー盤のベストアルバムから1か月後に発売となった「ゴールデン☆ベスト VICTOR ROKKETS 40+1」

 シーナ&ロケッツにとって、2018年は記念すべき年になった。デビュー40周年を記念して2月にソニーから、3月にビクターから鮎川誠の監修・選曲による41曲がリマスターされた最新ベスト盤が連続リリース。さらにシーナ&ロケッツ結成までの鮎川とシーナの物語が、彼らの故郷であるNHK福岡放送局にてドラマ化された。このドラマは、3月に九州・沖縄地方のみで放送されたが、同年秋には全国でオンエア。このドラマで初めて彼らを知ったという若いファンも増加。2人のロックスピリッツが共感を呼び、大きな話題となった。

 また、これらのリリースやドラマ化の影響もあってか、独自のスタイルとポリシーを持つ鮎川誠も、単独で多くの雑誌に掲載されるなど、今年は多忙な1年だったという。

 昔からシーナ&ロケッツの大ファンだという知人によると「ここ1~2年は人気が再燃し、ライブ会場も明らかに盛り上がっている」との話を聞いた。筆者もシーナがボーカルをとっていたシーナ&ロケッツを何度かライブで見ている。しかし、LUCYがボーカルとなってからの彼らはまだ目にしたことがなかった。ロックを武器に走り続ける彼らの今を、ぜひ生で感じたい。そう思った筆者は、さっそくライブ会場に足を運んでみた。

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新ボーカルのLUCYも登場。シナロケライブはやっぱり熱かった!

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