曳家(ひきや)職人・岡本直也さんが見た、浦安の復興

 2011年3月11日、東日本大震災発生。東京都に隣接する千葉県浦安市では、震度5強を観測、東京湾に埋め立てられた地域を中心に、市域の約86%が液状化した。泥や泥水が吹き上がり、道路は陥没、家は傾き、上下水道やガスなどのライフランもストップ。死者などの重篤な人的被害はなかったものの、液状化のおそろしさをまざまざと見せつけた。

 高知県高知市の岡本直也さんは、震災直後、浦安市長からの協力要請を受け、浦安にやって来た。岡本さんの仕事は曳家。建築物を解体せずにジャッキなどで持ち上げ、そのまま別の場所に移動させる仕事だが、基礎の沈下修正や土台の改修なども行う。昔から台風や高潮などの災害が多かった高知で、代々受け継がれてきた職人技術だ。岡本さんは、震災以降浦安に拠点を移し、その技術を使って、液状化で傾いた民家の修正や、老朽化した建造物の再生などに携わってきた。

 浦安市で液状化の被害にあった住宅は、約9,000戸。傾いた家の中にいると、めまいや立ちくらみ、冷や汗などの健康被害も発生する。ピーク時には、傾きを直す業者が全国から130社も集まったというが、今も浦安に残るのは、岡本さんを含む数社だけだ。「一口に傾きを直すと言っても、さまざまな工法があり、費用にも差があるので、業者選びも、住民の方にとっては大変だったのではないかと思います」と、岡本さん。それでも、「比較的豊かで、住民意識が高く、地域ごとに勉強会なども開いていた浦安は、他の町に比べると別格なのかもしれないと感じた」と言う。

 東日本大震災では、1都6県、少なくとも96市区町村のきわめて広い範囲で液状化が発生した。液状化はこれからも、日本中で起こりうる問題だ。それは、南海トラフ地震が懸念される、岡本さんの故郷・高知も例外ではない。「財政面でも所得の面でも厳しい高知のことがとても心配になりました。浦安には、にわか業者と言いますか、プロの目から見ると、正直、大丈夫かと思うような業者も来ていました。曳家の仕事は、昔ながらのレトロなやり方ですが、家に負担をかけないことと、目で見えることが利点。それと同時に、“家の小さな町医者”のような役割も担えるんじゃないか、と思うんです」と岡本さん。「曳家の技術を伝えることはもちろんですが、次の災害が起きたときに、住民が安心して、適正価格で家を直せるシステムをきちんと作っておかなくてはいけない、とつくづく感じました」

 家の床下に入って作業をし、一人前になるまで6年はかかるという曳家の仕事。若者の後継者不足も課題だと言いながら、岡本さんは最後にこう語った。「自分も若いころは、曳家の仕事を継ぐのではなく、もっとかっこいい仕事に憧れました。でも、震災からもうすぐ3年になる今、人に望まれることをやらせてもらう幸せを、しみじみと感じています」

岡本直也さん(左)と、弟子の飯田さん。

1階部分がすべて大理石張りで、暖炉があり、修正作業にものすごく気を遣った という、思い出深いお宅。「最後にタイルが1枚だけ落ちました」(岡本さん)