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2018/05/17

1960年代の第1期から2010年代後半の第4期まで、ホンダのF1マシンを並べてみた!

 ホンダは幾度かの中断を挟みつつ、1960年代からF1に挑戦し続けている。1964(昭和39)年から1968(昭和43)年までの第1期、1983(昭和58)年から1992(平成4)年までの第2期、2002(平成14)年から2008(平成20)年までの第3期、そして2015年から2018年現在も参戦中の第4期に分かれる。ここでは第1~3期からは代表的なマシンを1台ずつ、現在進行形である第4期からは4台のマシンを紹介する。

参戦2年目で優勝したホンダ純正F1マシン「RA272」(1965年)

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ホンダ「RA272」(1965年、リッチー・ギンサー搭乗11号車)。全長、全幅、全高は未公表。ホイールベース:2300mm、トレッド:前1350/後1370mm。車重:498kg。車体構造:アルミニウムモノコック、アルミボディ。サスペンション:前後共ダブルウィッシュボーン。タイヤ:グッドイヤー製。エンジン型式:RA272E。形式:水冷横置き60度V型12気筒DOHC48バルブ。排気量:1495cc。最大出力230hp(171.5kW)、回転数未公表。最大トルク未公表。最高回転数1万2000rpm。エンジン重量:215kg(ギアボックス含む)。燃料タンク:180L。

 ホンダが具体的にF1に参戦することを決意したのは、1962(昭和37)年のこと。それまで2輪で成果を出していたことから、故・本田宗一郎氏の長年の夢として、F1への挑戦が始まったのである。そして1963(昭和38)年にシャシーもエンジンもオールホンダで開発されたのが、プロトタイプの「RA270」だ。このときのF1マシンはフロントにもリアにもウィングがなく、俗にいう「葉巻型」が特徴である(ホンダのF1マシンとしては、1968年の第1期最終マシン「RA301」で初めてリアウィングが取り付けられた)。

 ホンダは、1964(昭和39)年の第6戦ドイツGPに「RA271」を投入。翌1965(昭和40)年に投入されたのが「RA272」だった。「RA272」はライバルチームのマシンに対し、空力的にも優れていたし、エンジンパワーもあったが、弱点は車重と、そのための運動性能の低さだった。

 そこでシーズン中に徹底的なシャシーとエンジン本体の軽量化が図られ、別物といっていいほど手が加えられた「RA272改」が登場。残り3戦に投入され、最終戦のメキシコGPで、米国人ドライバーのリッチー・ギンサーによって優勝を成し遂げたのである。

 ホンダの第1期は1968(昭和43)年まで続けられた。しかし、本格的な4輪車市場への参入を狙っていたことから経済的にも人的にも余裕がなくなり、参戦当初の目標であった「4輪車の技術習得」を成し遂げたという判断に至り、第1期は終了となった。1967(昭和42)年にも「RA300」が勝利し、ホンダは第1期に通算2勝を挙げた。

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「RA272」を後方から。この時代、リアサスのスプリングがむき出しであることを利用し、後方のドライバーは前のマシンのサスの動きを見て、そこからもドライビング・テクニックを盗んだという。なお"RA"とはRacing Automobileの略で、"270"は270馬力を意味する。なぜ270馬力かというと、本田宗一郎氏が、「とにかく勝つためにはこれだけ出せ。270馬力出すんだよ!」という鶴の一声で決められた馬力の目標設定だったそうだ。"RA"はエンジン形式の頭文字として、現在も使用されている。

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音速の貴公子が奮戦した第2期最後のマシン!

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