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2018/02/10

【招待券プレゼント★2/25〆切】
「パリジェンヌ」という文字に目が止まったアナタ。時代を映す女性「パリジェンヌ展」は見逃せません。

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 パリという魅力的な街に生きる女性、パリジェンヌ。時代の変化とともに、さまざまな表情を見せてきたパリジェンヌの姿を、ボストン美術館所蔵の作品約120点を通して紹介する展覧会「ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち」が4月1日まで、世田谷美術館にて開催中である。

冒頭の写真。左:ジョン・シンガー・サージェント《チャールズ・E. インチズ夫人(ルイーズ・ポメロイ)》1887年 Anonymous gift in memory of Mrs. Charles Inches' daughter, Louise Brimmer Inches Seton 1991.926 右:《ドレス(3つのパーツからなる)》1770年頃 The Elizabeth Day McCormick Collection 43.1643a-c Photographs©Museum of Fine Arts, Boston

パリジェンヌ・スタイルの確立

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シャルル・フレデリック・ウォルト ウォルト社のためのデザイン《ドレス(5つのパーツからなる)》 1870年頃 Gift of Lois Adams Goldstone 2002.696.1, 3-5

 パリジェンヌというと、モードに対する意識の高さが上げられる。そういった「おしゃれなパリジェンヌ」たちが広まっていったのは、19世紀のことである。1852年にナポレオン3世による第二帝政が始まると、パリの街の大改造が行われた。近代化が進み、人々はウィンドウショッピングを楽しみ、広告や雑誌はさまざまな商品を取り上げ、パリジェンヌはショール、バッグ、靴といった装身具で完璧な装いを披露した。

 上のスミレ色の優美なドレスを制作したシャルル・フレデリック・ウォルトは、パリに高級仕立屋を開業し、店員に見本の衣装を着せて顧客に選ばせるという新しい販売手法、いわゆるオートクチュールを確立した。ナポレオン3世の妃・ウジェニーの専属デザイナーとなると、顧客が店に殺到したという。また彼は模倣品と区別するために、服にラベルをつけることを導入した。

 まだ女性が自立することが許されなかったこの時代に、自身を表現できるものはファッションだった。このパリジェンヌのスタイルは憧れの対象となり、アメリカまで伝わっていった。

アメリカのパリジェンヌ

 冒頭の写真の女性はいかにもエレガントなパリジェンヌに見えるが、実はモデルはボストンの女主人で、赤いイブニングドレスは人気デザイナー・ウォルトのデザインに着想を得たものである。ぼんやりとした背景に胸元が大きく開いたドレスは18世紀のフランス社交界の肖像画を思い起こさせ、官能的で関心のなさそうな様子もパリジェンヌそのものだ。『ラルティスト』誌の編集長アルセーヌ・ウーセイは、このような言葉を残している。
 「人はまた、パリジェンヌに生まれる。この変身と変容の地であるパリに初めて憧れた時、あるいは初めてその地を踏んだ時に」

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ミューズから職業芸術家、ダンサーまで多様化する活躍の場

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