JAF Mate Neo くるナンデス

2018/07/13

技術でレースを席巻、510ブルーバード
【元自動車メーカーエンジニアが選んだ
哲学が感じられる名車たち】


001.jpg

「ダットサン ブルーバード 510 型」4ドアセダン/5人乗り 1967〜72年 全長×全幅×全高:4120×1560×1400mm 車両重量:915kg エンジン:直4 OHC 1595cc 出力:100ps/6000rpm 駆動輪:後輪 サスペンション:前ストラット、後セミトレーリング 最小回転半径:4.8m(スペックは1600 SSS)

世界のラリーを席巻した、510ブルーバード

 映画「栄光への5000キロ」を覚えておられる方もいるだろう。1970年代は石原プロが壮大なサファリを舞台にラリー映画を作るほど、日本中がラリーに熱をあげていた。なにしろ「ダットサン ブルーバード 510型(通称510ブル)」はアクロポリス、サザンクロス、バサーストと勝ち進み、70年には最高峰のサファリでクラス、総合など3タイトルを獲得。世界のラリーを総なめにしたのだ。

 それだけではない。アメリカではBMWやアルファロメオを相手に、SCCAレースで全米選手権のチャンピオンに2回( 71、72年)も輝いた。当時アメリカでは、日産はダットサンブランドを展開していたが、レースで優勝すると、翌日にはディーラーに人が押し寄せ、車が売れまくったという。

 一方、日本では、先進的な設計のブルーバードと、旧態依然としたリジットアクスルながらデラックスな装備を売りにしたトヨペット・コロナが販売台数を競い合い、俗に言う「BC戦争」が巻き起こっていた。

 510ブルは新技術を投入し、エンジンやシャーシを含め、全てが新設計だった。他車がまだ鉄ヘッドのOHVのなか、アルミヘッドのOHCエンジンは、1300㏄や「SSS(スーパースポーツセダン)」はツインキャブの1600㏄をラインナップ。SSSでは100psを発揮し、165㎞/hの最高速を誇ったのだ。

→ 次ページ:
当時のブルーバードは見ても乗っても最新だった

メルマガ登録はこちら