JAF Mate Neo くるナンデス

2018/07/02

やっぱり“いつかはクラウン”だった
【元自動車メーカーエンジニアが選んだ
哲学が感じられる名車たち】


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「トヨペット・クラウンRS型」4ドアセダン/6人乗り 日本製(1955〜62年) 全長×全幅×全高:4285×1680×1525mm 軸距:2530mm 車両重量:1210kg エンジン:直4 OHV 1453cc 出力:48hp/4000rpm 最高速度:100km/h 変速機:2段A/T、3段M/T サスペンション:F・Wウィッシュボーン+コイル、R・リジッド+リーフ ブレーキ:FRともドラム

日本的な品位が漂う、クラウンの美

 終戦10周年を迎えた1955年、日本は夢に向かって元気一杯の時だった。人々はテレビや映画に見るアメリカに憧れ、いつかは白い大きな冷蔵庫と青い芝生の家... そんな幸せな生活を夢見ていた。当時「三種の神器」と言われた電気洗濯機に冷蔵庫、テレビは、この夢への一歩であったに違いない。巷ではマンボスタイルという黒い細身のパンツが流行り、若者はロカビリーに熱狂していた。

 まだ日本車は少なく、街では、テールフィンを高々と掲げたアメリカ車が幅を利かせ、その国内シェアはなんと60%もあったのだ。

 そんな時代に日本の最高級車トヨペット・クラウンが誕生した。派手なアメ車とは違い、黒塗りのクラウンには、どこか日本的な品位が漂っていた。社内でデザインされ、車名をクラウン=王冠としたことからも、トヨタの意気込みが伝わってくる。

 観音開きのドアが付いたダルマ型のボディは、おおらかなデザインで、グレーの内装と相まって控えめでシンプルな雰囲気を醸し、乗る人に安堵感を与えていた。

 観音開きというのは、面白いもので前席と後席の間に一体感が生まれ、会話が弾む効果がある。またサイドシルのないフラットなフロアも応接間のような雰囲気を漂わせていた。

 乗り心地もいたって快適で、シートがふんわりしていたことを覚えている。リアサスペンションがリーフにもかかわらず乗り心地が良かったのは、東京大学・亘理厚教授の研究成果を活かしたフリクションの少ない3枚リーフを採用したからだ。

 そして翌年には真空管式カーラジオとヒーターを備えたクラウン・デラックスが登場。クルマでラジオが聞け、毛布を持ち込む必要もなくなった。

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トヨタはクラウンを育て続けた

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