くるナンデス どう変わった!?
1973~2016年・40年強に及ぶ
暴走族構成員数とグループ数の推移

2018年03月30日 掲載

カミナリ族から暴走族へ

 そんなカミナリ族が暴走族と呼ばれるようになったきっかけは、1969年5月に名古屋市テレビ塔付近で行われた街頭サーキット騒ぎとされる。それまでは、基本的にはバイクやクルマを用いて騒音をまき散らし危険走行を行う集団だったわけだが、この事件では、多数の見物の若者たちも含めて約1000人が暴徒化。一般車をひっくり返すなどの破壊活動を行った。

 さらに決定的となったのが、1972年6月17日の事件だ。同日の深夜から18日の早朝にかけて、富山市の当時の国鉄駅前でサーキット遊びに興じていたカミナリ族と見物の若者たち約3000人が暴徒と化し、近辺の商店や通りがかりの一般車を襲って破壊するという行為を行った。当時、それは大ニュースとなり、マスコミはこぞって「暴走族」と呼称。それが一般にも浸透していった。その後、暴走族の多くが悪質化し、非行少年の温床となっていったのである。

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暴走族のグループ数は、1997年に初めて4桁に突入し、ピークは2002年。1313グループを数えた。その後は減少に移り、2016年時点で193グループ。なお、近年は成人による暴走族といわれる「旧車會」の割合が増えている。

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暴走族の構成員は何年が最多だったのか?